樋上公実子｜夕暮れの窓辺

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《少女の聖域vol.5〜逢魔が時》出品作品。
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昼と夜の隙間に、海から部屋に入ってきたのか海へ帰るのか。

……樋上公実子

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文｜高柳カヨ子

夕暮れが迫る頃、窓から吹き込む風にふと潮の香りが混じる。
海など近くにないのにどうして。
ああ、そうだ、わたしは海からやってきたのだった。それとも海に帰るのだったか…もう忘れてしまった。
それでも海はわたしの中にいつも在って、逢魔が時になると海鳴りと潮の香りを運んでくる。

かつて人に憧れて得た足は、ハイヒールに倦んで歩き疲れた。自由に海を泳ぎ回った尾鰭が懐かしい。人であることを、人の姿であることをやめて、人ならざるものになれるのは、少女の特権。昼と夜が入れ替わるこの時間、誰も知らないわたしだけの海が呼んでいる。

わたしの身体に流れているこの血液は、海にいた頃の名残りなのだという。潮の満ち引きに伴い、体調も変わる。海は常にわたしの中に存在する。
赤いハイヒールを履いて闊歩するわたしと、赤い鱗の下半身で海の中を泳ぐわたし。どちらもわたしであることを忘れないでいて。

個展をはじめ数々の企画展や、絵本、小説の装画、チョコレートのパッケージやファッションブランドとのコラボなどで、多岐にわたって活躍する樋上公実子。彼女のキャリアについてはあらためて紹介する必要はないだろう。
そのコケティッシュで魅力的な造形と色彩で、フルーツパフェという現実的なアイテムから、幻獣といった幻想の世界にまで、我々を創造力の彼方へ連れて行ってくれる。
　
樋上には人魚が登場する作品が多い。彼女が描く人魚たちは、人魚である自分に一片の疑いをも持たないだろう。
でも少女はふと疑問を持つ。日が翳り夕闇が近付いてきたこの時刻、足元にいつから貝殻が転がっていたのか。開け放たれた窓から潮騒が耳に届き、遠い海の記憶がよみがえれば、人のかたちもときほぐれていくだろう。
そう、この作品に描かれた少女のように。

逢魔が時。昼と夜の狭間に吹く窓からの風が、潮の香りを孕む。
わたしの中の海がざわめく。

★作品情報
油彩・アルキド樹脂絵具・板
作品サイズ｜30cm×22.5cm
額込みサイズ｜38.7cm×31cm
制作年｜2025年（新作）

★プロフィール
樋上公実子｜画家
東京生まれ。関西学院大学ドイツ文学科卒業。個展、企画展で作品発表。絵本、書籍装丁画、パッケージイラストも手がける。代表作に『バンビと小鳥』（ポプラ社）、『人魚の見る夢』（ステュディオ・パラボリカ）、『おとぎ話の忘れ物』（文・小川洋子／集英社・ポプラ文庫）など。

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